引退後


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引退後

種牡馬となった初年度こそ100頭を超える繁殖牝馬が集まったが、運が悪かった。 この年にサンデーサイレンス、ジェイドロバリーなどの大物種牡馬が輸入されたのだ。 私はダビスタでスーパークリーク産駒(種付料120万円)を作りまくってみたが、馬駒は底力がなくスーパークリークとは程遠かった事を覚えている。

長距離レースが減りスピードが求められ、自身のスピードをうまく伝えられなかったスーパークリークは 年々種付けが減って行く中、2003年から6年連続で種付けゼロとなった。 その間にはアテ馬になるなど不遇の環境を経験している。

※アテ馬・・・繁殖牝馬を発情させるための馬。繁殖牝馬が発情したら、いよいよ種牡馬が登場しアテ馬は退場する。

2010年8月29日、25歳でその生涯を終える。オグリキャップに続き、スーパークリークが亡くなった。平成3強のうち、残るはイナリワンだけ。イナリワンには長生きしてもらいたい。

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