スーパークリークの3歳時 菊花賞、有馬記念


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菊花賞・・・名馬の仲間入り

スーパークリークは不運が重なり、菊花賞の出走資格が19番目となってしまった(フルゲート18頭)。 ところが、スーパークリークの配合を考えた前述の岡田繁幸氏(マイネルの総支配人)が自身のクラブ馬を1頭回避することで スーパークリークの菊花賞出走が叶った。この時、主戦の武豊は他にカツトクシン、ケイコバンというお手馬がいたのだが、2者に騎乗の断りを入れスーパークリークの出走を信じて スーパークリークを待ち続けた。

菊花賞は3番人気に支持され、2着ガクエンツービートを大きく引き離す圧勝劇(1番人気ヤエノムテキ10着)。名実共に名馬の仲間入りを果たした。

有馬記念

4番人気に支持される。3着入線も斜行により失格。レースはオグリキャップがタマモクロスとの芦毛対決最終章を制する。 このレース、単枠指定馬が3頭(オグリキャップ、タマモクロス、サッカーボーイ)という史上稀に見る名馬が揃った競争となった (メジロデュレンもいた)。

※単枠指定制度・・・当時、3連複はおろか、馬連もなかった。連勝は枠番連勝式しかなかったのだ。 圧倒的人気になることが予想される馬がいる場合、その馬を「単枠指定」とした。圧倒的人気馬が出走取消した際に混乱が生じるのを回避するための制度。 今となっては、懐かしい歴史的競馬用語である。
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